静かな退職が起こるのは組織コミットメントの3次元モデルへの理解不足
- CSF
「静かな退職」(Quiet Quitting)が話題になる背景には、働き手のモチベーションや組織コミットメントの変化が関係しているといわれます。
特に「3次元モデルの組織コミットメント」の観点で考えると、これが十分に理解されていないことが、職場の関係性や働き方に影響を及ぼしている要因である可能性もあります。
今回は、静かな退職について、3次元モデルの組織コミットメントの観点から考察していきたいと思います。
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INDEX
静かな退職とは
2022年に米国のキャリアコーチであるブライアン・クリーリー氏がSNSを通じて投稿した内容が話題となり、TikTokで拡散され始め、その頃から、ビジネスの場で「静かな退職」(Quiet Quitting)という言葉が注目され出しました。
静かな退職とは、従業員が表向きには仕事を続けながらも、最低限の業務しかこなさず、積極的に成果を上げる姿勢や責任感を放棄することを指します。この行動は通常の退職とは異なり、外部から見ると働き続けているように見えるため「静かな」退職と呼ばれています。
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静かな退職が広まったと考えられる背景と理由
静かな退職が増加している背景には、働き方に対する価値観の変化が大きく関係しています。
特に2019年の「働き方改革」、2020年からのコロナ禍によりリモートワークを経験したことも相まって「仕事とプライベートのバランス」を重視するようになり、職場に過度にコミットする働き方に疑問を感じるようになりました。
また、燃え尽き症候群(バーンアウト)やキャリアの中長期的な見通しが見えづらいことも、静かな退職を引き起こす要因のひとつとされています。
静かな退職が及ぼす影響
静かな退職が広がると、組織に多大な影響が出ます。特に、チームの士気や全体の生産性が低下し、他のメンバーに負担がかかることが少なくありません。
さらに、社員の成長や職場のイノベーションが停滞することも考えられますが、静かな退職は違法という訳でもなく、むしろ当然の流れとも言えるように見えます。さらにハラスメントの意識の広まりから、明らかに罰するような手法は取りづらいでしょう。
ただでさえ罰ゲーム化している管理職ミドルマネジメント層にとって、これらの状況にどう向き合うかは今後の大きな課題といえます。
ただ、組織コミットメントの3次元モデルから従業員を観察すると、見えてくるものがあるのでご参考になれば幸いです。
組織コミットメントの3次元モデルとは
静かな退職の背景を理解するうえで、組織へのコミットメント(従業員の帰属意識や愛着心)がどのように構成されているかを知ることが重要です。
組織コミットメントには「3次元モデル」が広く用いられており、これは従業員が組織に対して持つ心理的な繋がり(エンゲージメント)を3つの側面で分析するモデルです。
組織コミットメントの3次元モデルは、心理学者のメイヤーとアレン(Meyer & Allen)が提唱した理論で、以下の3つの次元から成り立っており、従業員が組織にどう関わっているかを理解するために役立ちます。
- 情緒的コミットメント(Affective Commitment)
従業員が組織に対して愛着や感情的なつながりを感じる状態。従業員が組織に「留まりたい」と思う感情に基づいています。 - 存続的コミットメント(Continuance Commitment)
従業員が組織を離れることによる損失やリスクを考慮している状態。「辞めたら損だから」という意識が重要な要素となります。 - 規範的コミットメント(Normative Commitment)
従業員が「組織に対する義務感」や「責任感」に基づいて組織に留まる意思を示す状態です。倫理的な責任感や忠誠心から「留まるべきだ」と感じるのが特徴です。
注意点としては、1人が動くコミットメントは1つではなく、いくつかの要素にまたがっていることがほとんどです。どのコミットメントで働くかというよりはどのコミットメントが大きいかというイメージです。
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情緒的コミットメント(Affective Commitment)
情緒的コミットメントとは、従業員が組織に対して「この職場が好きだ」「ここで成長したい」といったポジティブな感情を持つことで生じる愛着心のようなものです。
感情的なつながりが強い従業員は、組織やチームのために積極的に貢献しようとする意欲が高いため、成果にも良い影響を与えやすいと言えます。
ただし、自分を犠牲にして組織に尽くすことも多々あり、誰もやりたがらない業務を行い続けることでだんだんと疲弊していく層でもあります。
組織文化を受け入れている方が多いため、情緒的コミットメントが薄くなると組織崩壊のリスクが高まります。
存続的コミットメント(Continuance Commitment)
存続的コミットメントとは、経済的・物理的な理由やキャリアパスの安定を重視するものです。
「現在の職場から離れると生活やキャリアが不安定になる」という理由から、組織にとどまる意識が生まれる場合があります。この側面は、いわば「離れたくない」ではなく「離れられない」心理を表しており、感情的コミットメントとは異なる性質を持ちます。
逆に言えば「コスパ主義」とも言え、現在の職場よりも良い待遇の職場を見つけたら転職する可能性も高いです。
存続的コミットメントが強い方が静かな退職を選択しがちですが、よくよく考えてみると働き方改革によりハラスメントや残業に対しての意識が変わった現在では、存続的コミットメントの立場から見ると静かな退職が当たり前で、何が悪いのかが分かりにくいという深刻な問題が潜んでいます。
規範的コミットメント(Normative Commitment)
規範的コミットメントは、従業員が「この組織のために貢献しなければならない」「社会人としてこうあるべきだ」という義務感を重視することです。
社会的・倫理的な責任感や職場への忠誠心が根底にあるため、このコミットメントが強い従業員は組織の秩序を保ってくれます。
しかし「べき論」に走りがちで、組織硬直化の要因になりやすいという側面もあります。
静かな退職が当たり前になってくると、規範的コミットメントが強い方のストレス過多へ繋がってしまいます。
3次元モデルと静かな退職の関係
静かな退職が起こる背景には、組織に対するコミットメントが何らかの形で弱まっていることが関係していると考えられます。
ここでは、3次元モデルのそれぞれの要素と静かな退職の関連性を詳しく見ていきます。
情緒的コミットメント
全体的に情緒的コミットメントが低い場合、従業員は「この職場が好きだ」「ここで長く働きたい」というポジティブな感情が薄れがちです。日々の業務にも意欲的に取り組みたくなくなり、静かな退職を選ぶことが多くなります。
特に、職場の人間関係や自分の業務に対する意味を見失うと、感情的コミットメントが低下しやすいと言われています。
存続的コミットメント
存続的コミットメントが強い従業員は、報酬や待遇、職場の安定性に対して強い関心を持つため、直接的に離職はせずとも「必要最低限だけ働こう」と静かに距離を置くことがあります。
給与や福利厚生などの条件があまりよくない場合、積極的に組織へ貢献しようとする姿勢が薄れていき、結果的に静かな退職の状態に至りやすいでしょう。
規範的コミットメント
規範的コミットメントが低下している場合も、静かな退職の原因となります。
たとえば、職場の文化や価値観が変わり、もともと感じていた「職場のために貢献しなければならない」という義務感が薄れたとき、この影響を受けやすいです。
また、職場のリーダーシップが不透明であったり、組織としてのビジョンやミッションが従業員に共有されていなかったりすると、規範的コミットメントは低下しやすく、静かな退職に至るリスクが高まります。
組織コミットメントのバランスを取ることが大切
組織コミットメントは高ければ良いというものではなく、バランスを取ることが大切です。
それぞれのバランスが取れていない場合、従業員の仕事に対するモチベーションや満足度が低下する可能性があります。
最もよくみられる例では、存続的コミットメントが強くなりすぎると、従業員は「辞めないけどとりあえず働いている」といった消極的な態度を取る傾向が強まり、情緒的コミットメント、規範的コミットメントが低下しやすくなります。
情緒的コミットメントが高すぎると、盲信的な組織になってしまい、存続的コミットメント、規範的コミットメントが低下してしまうリスクがあります。
規範的コミットメントが高すぎる場合は、べき論が横行し、やはり存続的コミットメントも情緒的コミットメントも低下してしまうでしょう。
どのコミットメントも、高さよりもバランスが取れていることが重要です。
しかし、組織としてやれる打ち手としては「給与を上げる」「福利厚生を充実させる」といった、間違ってはいないものの存続的コミットメントのための施策がやりやすいため、バランスを崩壊させてしまうリスクがあります。
組織文化と従業員の価値観が乖離する
さらに、バランスを欠いたコミットメントは、組織文化やビジョンとのズレを生む原因にもなります。
規範的コミットメントが過度に高い場合、従業員は「義務感」だけで組織に留まり、組織が追求する価値観や文化と共鳴しにくくなります。
状況によってはビジョンと仕事内容が乖離している場合はどうしても誕生してしまうかもしれませんが、このような状況が長く続くと、組織と従業員の価値観も乖離し、組織の目標達成や長期的な成長が阻害される可能性があります。
柔軟性と適応力が欠如する
各次元のバランスが取れていないと、組織や市場環境の変化に適応しにくくなる可能性があります。
特に情緒的コミットメントが極端に低い場合、というよりは存続的コミットメントや規範的コミットメントが高すぎる場合、従業員は現状維持を優先するため、新しいプロジェクトや変革に対する抵抗が強まることがあります。
逆に情緒的コミットメントが強すぎると、従業員は組織の理想やビジョンに対する情熱に執着しすぎ、現実的な調整が難しくなることもあります。
結果として、この場合も静かな退職へ繋がりかねません。
組織コミットメントの適正化
静かな退職を防ぎ、従業員の組織コミットメントをバランスよく高めるためには、職場環境や働き方の改善が欠かせません。
以下の3つのアプローチは、3次元モデルの各側面に対応する形で、従業員が積極的に職場に関わる意識を変革するための一例です。
何度も言うようですが、バランスよく高めなければ逆効果になってしまう可能性があるため、自身の組織の風土を捉えながらリバランスしていくことが大切です。
社員の声を聞く文化を育てる(情緒的コミットメントの向上)
従業員が職場に愛着を持つためには、まず「自分が組織にとって大切な存在である」と感じられることが重要です。
そのため、経営層やマネージャーが社員の意見や提案に耳を傾ける文化を育むことで、情緒的コミットメントを向上させることができます。
情緒的コミットメントの高い従業員の意見は短期的なKPI達成には遠いかもしれませんが長期的な成長に役立つ場合が多くあります。しっかりと耳を傾け、従業員同士が直接意見を共有できる場を設けることで、安心して働ける環境が整い、従業員の意欲も高まります。
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業務のやりがいや意味を共有する(存続的コミットメント)
従業員が「この組織にとどまりたい」と思えるには、仕事内容に対するやりがいが感じられることが重要です。
昇給や昇進も非常に大切な要素ではありますが、職務が持つ意義や、その役割が組織全体にどのように貢献しているのかを明確に伝える努力が必要です。
目にみえる短期的な報酬だけに留まらず、中長期的な視点でキャリアの成長やスキルの習得に繋がる支援体制を提供することも、存続的コミットメントの強化に役立ちます。
組織の文化を浸透させる(規範的コミットメント)
規範的コミットメントを育むには、組織のビジョンやミッションを従業員としっかり共有し、文化として浸透させることが大切です。
たとえば、新入社員のオンボーディングで組織の価値観や目標について深く説明したり、定期的に社内の理念を振り返る機会を設けたりすることで、従業員にとっての「組織の一員である」という意識が高まり、自然と職場への貢献意識が生まれやすくなります。
まとめ
静かな退職は、従業員が表面的には職場にとどまりながらも、最低限の業務だけをこなし、積極的な貢献をしなくなる現象です。
悪いと一概には言いにくいのですが、組織内で広がりすぎると、職場の活力やチームの連携、業務効率にも悪影響が出るため、対策が必要です。
その背景には、3次元モデルに基づいた組織コミットメントの欠如が潜んでいることが多く、社員のコミットメントを理解することが、静かな退職を防ぐうえで非常に重要です。
組織コミットメントを強化するためには、単に報酬や待遇を見直すだけでなく、社員一人ひとりが組織に愛着を持ち、やりがいを感じ、自らの役割を理解して積極的に貢献したいと感じられる環境を提供することが求められます。
社員の声に耳を傾け、業務の意味ややりがいを明確にし、組織のビジョンを共有することで、3次元モデルの全体的なバランスを保ちながら、組織全体で持続的な成長を図ることができるでしょう。
このように、静かな退職を防ぐ鍵は、3次元モデルに基づいた深い組織コミットメントの理解と実践にあります。
これを意識しながら組織改革を進めることで、従業員が自らの意思で積極的に貢献し、長く共に成長できる職場を目指せるはずです。
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